2023/07/22 16:15
こんにちは、芸術作品解説担当の学芸員NANAです。
今回は日本で最も愛されている名画、モネの『睡蓮』について徹底解説していきます。
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睡蓮について
フランスの印象派の画家、クロード・モネ(1840-1926)によって描かれた「睡蓮」。
彼は生涯睡蓮を愛し、30年間で250枚もの睡蓮の連作を残したと言われています。
ちなみに睡蓮は英語で「ウォーターリリー(Water Lilies)と言います。
モネ「睡蓮の池と日本の橋」1899年 90.5×89.7cm シュトゥットガルト国立美術館
モネと白内障
彼は画家の中では長寿で86歳まで生きたのですが、晩年は白内障を患っていたため絵画への影響が顕著に見られます。
(白内障により赤茶けて大きく歪んだ睡蓮)
フランスのモネの庭
フランスのジヴェルニーという場所で晩年を過ごした彼は、自宅の敷地に「水の庭」と呼ばれる睡蓮と太鼓橋の掛かった広大な庭を作り、そこで「睡蓮」の制作を行いました。
日本のモネの庭
日本の高知県にモネの庭を再現した
“北川村「モネの庭」マルモッタン“という施設があります。
広さ約3ヘクタール(東京ドーム2/3個分)に相当する広大な敷地を誇ります。
高知県北川村 モネの庭マルモッタン
睡蓮 ~初期~
1895-1897は太鼓橋が描かれた睡蓮の絵が多かったのですが、1898-1900年初頭は睡蓮のみをクローズアップするようになります。
睡蓮 ~制作中断期~
1908年頃、モネは自身の目の不調を訴え始め、1912年に白内障の診断を受けます。
また1910年にはフランスのセーヌ川が大氾濫を起こし、モネの「水の庭」も大きな損害を被ります。
また、最愛の妻アリスも1911年になくなり、この頃のモネは心身ともに消沈していました。
睡蓮 ~連作期~
1910年頃から、10年以上かけて大規模な横長の睡蓮の連作を制作します。
彼は1926年に亡くなりますが、白内障の影響で制作が遅れたため、亡くなる間際まで大装飾画を描いていました。
印象派とは
モネ、ルノワールを代表する19世紀後半のフランスで起こった芸術運動を指します。
自分の目に映ったそのままの状態(印象)を表現することを特徴としていたため、炎天下での制作が多かったそうです。
そのため太陽の紫外線を多く浴び目を酷使していたため、モネは白内障を患ったと言われています。
いかがでしたか?
なにか質問などがございましたら、お気軽にコメントくださいね♪
ではまた。
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解説:NANA(なな)
近畿大学文芸学部芸術学科卒業、西洋美術史専攻、学芸員資格保有
イタリア・フィレンツェで美術史研究のため1年間留学し、現在は「ミュージアムショップNANA」および「ジュエリー春日」の運営に携わり、美術解説・宝石学解説を行う。